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最近したこと感じたこと その260

 投稿者:矢ノ上 治郎  投稿日:2018年 9月23日(日)08時37分28秒
  今回は歌手 高橋真梨子 についてです。
 朝日新聞の 語る―人生の贈り物 の欄に7月10回にわたり彼女のことが掲載されました。
コンサートは8月31日の神奈川・相模大野公演で3千回を迎えるとのこと、お客さんの笑顔
が最大の栄養剤、これからも続けたいと思いますと語っている。自分から歌をやめたいと思っ
たことはありません。死ぬまで続けたい。心からそう思います。今日は今日で、一生懸命、
明日は明日で一生懸命。次の日になれば、またその日を一生懸命に。すばらしい生きざまです。
私は彼女のコンサートは15年前に一度だけ聞きました。その後も何回も申し込んだが
中々券がとれません。
 好きな FOR YU 五番街のマリア フレンズ を聞きながら彼女の姿を思い浮かべています。


 (我が家の菜園)
 一週間まえに ダイコン カブラの種をまき ハクサイ ブロッコリの苗をうえました。
 レタス コマツナ シュンギクなどはプランターです。
 ダイコンなどは11月になれは収穫できると思います。
 

最近したこと感じたこと その259

 投稿者:矢ノ上 治郎  投稿日:2018年 8月26日(日)09時30分24秒
編集済
  今回は80歳を超えても活動されている二人のことについてです。
一人は東大寺長老の 森本公誠 さんです。
 平成16年第218世東大寺別当に就任されました。7月に天理中学校の同窓生による
お祝いの会をしました。私は 同窓生が殆ど仕事から離れる年代に要職ついたことに対して
大いなる声援を送りたい とスピーチしました。
 83歳の今 東大寺のなりたち (岩波新書)を出されました。東大寺に入寺して来年
で70年を迎える。その間、日本はどのような歴史を歩んできたのか、同世代の人にとって
さまざまな思いあろう 東大寺。は現代社会においてどのような存在意義があるのかという問いかけ
であった。本書 はじめ より

 もう一人は 天理教大分教区の元輸送部長の 河島昭彦 さんです。
私が天理教団参業務を担当していたとき大変お世話になった方です。昨日5年ぶりに天理
でお会いしました。5年前の秋藍綬褒章を受章されました。23年間にわたり更生保護に
尽力された功績によるものです。平成2年、保護司の委託をうけ、18年には教会を
 自立準備ホーム として登録多くの人の世話をされてきました。80歳を超えたいまも
他方面にわたって活動されている様子を伺いました。神様からいただく 出会い を大切に
したいと話されました。生涯現役 がモットー すばらしい方です。
 

最近したこと感じたこと その258

 投稿者:矢ノ上 治郎  投稿日:2018年 7月29日(日)08時04分31秒
   私のこと3月27日と6月に2回、救急車のお世話になった。いずれも吐き気とふるえが
ひどいためである。CT/MRAIなどの検査をうけたが特別な病気はないとの診断。その後かかりつけの内科医で低血圧が原因とわかり薬で治療している。7・25現在ほぼ正常に戻り一安心して
いる。
このため6,7月のハイキングなどの行事はすべて不参加、9月からの再起?にかけいる。

 先日ツーリストを退職直後から3年間勤めた神崎産業(尼崎の王子製紙の子会社)の当時の
部長のFさんに手紙を出した。75歳のこの方、団地の老人会の会長をされており、毎日
6時に近くの公園でラジオ体操、その後小学校の校門前の横断歩道前で交通整理元気そのもの
の様子が返信手紙が綴られていました。

 同じ75歳で中学同級生の弟のこと夫婦とも病身、この様子が先日の朝日の 大和歌壇に
掲載されていました。昨日(きぞ)は妻今日はわが身の点滴ぞ老老介護の続く日々なり
ほんとうにやるせない思いです。

 今年は猛暑の日が続き老人にとり厳しい日々です。私の得意?の筆マメで多くの方との
交流をはかり秋に備えたく思います。
 

京都の7月は特別、夏は祇園祭

 投稿者:山田義次メール  投稿日:2018年 7月20日(金)13時35分0秒
編集済
  今月6日に発生しました「平成30年7月豪雨」により被害に遭われた各地域の皆様、謹んでお見舞い申し上げます。そして、皆様の安全と一日でも早い復興を心よりお祈り申し上げます。>

今年は平年と比べ10日程早く「梅雨明け宣言」がされ、暑さも倍増し連日猛暑が続いています。夏と云えば「祭」、中でも日本三大祭と云えば大阪の天神祭りと京都の祇園祭が7月にあります。今回、関西PCでは本年3回目の「京さんぽ、祇園祭・宵山X3と京の中心を歩く」を7月14日(土)、日本で最高気温が岐阜の多治見38.8度に次いでの38.5度の中実施致しました。
 集合場所は四条通・長刀鉾前、地下道19番出口、前日事務局幹事より熱中症対策について細やかな注意事項を受け取り、万全を期しての参加者は6名。先ずは事務局幹事、京都の達人より本日のコース説明を受けながら各人出るは「暑い」の言葉のみ。幹事曰く「祇園祭は暑いのが当たり前、これでないと祭の気分が出ません」でも暑いのでコマメに水分補給をして下さいと、優しい言葉で「いざ、出発」。
 その前にワンポイント・アドバイスです。祇園祭には山鉾と神輿渡御二つの側面があり、以外と知らないのが、山鉾についてです。山車は山鉾と云われるが実は「山と鉾」の2通りあります。枝の付いた松の木を立てるのが「山」、先端に長刀や月を飾った真木と呼ばれる木を屋根の上に建てるのが「鉾」と呼ばれる。どちらも絢爛豪華な胴懸けや懸装品で飾られた山車が巡行する山鉾巡行は「動く美術館」とも言われており869年以来、途中応仁の乱等で中断があったものの千百年以上の歴史を誇っています。

 前説はこの位にして前祭りの山鉾を中心に、長刀鉾から順次四条通の北側沿いを西へ観て周りましょう。先ずは烏丸通の孟宗山・四条通の四条傘鉾、西洞院通の前祭一番くじの蟷螂山、新町通りの放下鉾、室町通りの菊水鉾へ。この豪華な山鉾を見るだけではつまらないと云う幹事の粋な計らいで今回この菊水鉾に登れる招待券が用意されていました。そして皆さんのご厚意でその栄誉を有難くいただきました。鉾には2階から桟橋を使って入りましたが鉾は規模によって違いますが、中は4畳位の広さで天井は高く煌びやかで豪華な造作が施され周りはお囃子衆が腰かけると思われる長椅子が設置されていました。高さは7m位でしょうか、こちらから見た景色は素晴らしく、昔は周りに高い建物が無く全てを見下ろせ観音菩薩様が慈愛の眼差しで民衆を慈しむ様な感じで感動致しました。幹事初め皆さんに感謝です。興奮と感激の余韻を残し室町通を北上して錦小路通りで占出山・霰天神山、更に北上し山伏山を見て六角通りを東に折れ京都の中心地にあり、へそ石がある生け花発祥の寺として有名な六角堂へ。此処は587年聖徳太子が四天王寺の建立の建材を求め訪れ、池の水で沐浴された際、所持された念持仏がこの地で止まり人々を救いたいと告げられたので聖徳太子は六角形のお堂を建立し如意輪観音像を安置されたとの事。また、池の端に毎日仏前に供花を行う僧侶の住坊があり池坊と呼ばれ,供花する中で様々な工夫がなされ「生け花」を成立させたことから活け花発祥の地とされ、家元は代々池坊と称されている。山内は都会に中にありながら喧騒から離れ、静かな佇まいで北東の池の端に聖徳太子堂が浮かんでいる。古への想いを込めて参拝し、一行は更に東へ寺町通から新京極にある食べログ人気店「昔・洋食店、今・居酒屋のスタンド」にて昼食。郷愁と趣のある雰囲気を味わないながら其々美味しくいただきました。

 午後からは5名で錦天満宮を参拝して京の台所「錦市場」へ。400mの長いアケードの市場内は観光客で大混雑。やっと思いで高倉通へ抜けて四条通は長刀鉾へ。此処からは四条通の南側を西へ。函谷鉾・月鉾そして郭巨山を見て京都特有の折れ曲がった細い道(辻子)と云われる空也上人ゆかりの地、膏薬辻子を抜けて綾小路通で芦刈山・伯牙山、名勝杉本住宅を通り綾傘鉾を見て室町通の白楽天山、仏光寺通では舟鉾、岩戸山、木賊山、そして最後は油小路通の油天神山と太子山で前祭23台の内、東洞院通保昌山を除いて全て観て周りました。流石京都の達人、同じ道を一回も通らず暑気と熱波のなかでの省エネ・コンパクトな道順で歩測巡行、(笑い)幹事に感心と感謝の気持ちで五条通の喫茶・OPENに辿り着きました。全員ぐったりでしたが冷房の効いたソファで一息つき生気を取り戻し、10月の宝池での再会を約して解散しそれぞれの家路に着きました。

 ご存知の通り祇園祭は疫病退散を祈願する八坂神社の祭りで、平安時代869年に当時の国数と同じ66本の矛を立てて八坂神社から御神輿を送ったのが始まりとされており、京都だけでなく全国の平安を願う祭りでもある。祭事は7月1日から一ヶ月続き、中でも前祭・後祭の前後に行われる宵々山、7/17と7/24の山鉾巡行、そして7/10・7/28に行われる神輿洗い等は圧巻です。京都にとって7月は特別な月、まだまだ暑い気温を吹っ飛ばす熱き思いと闘いは続きます。

 今年はチベット高気圧と太平洋高気圧の二段重ねの襲来。ノーモア―高気圧、お互い暑気払いを上手く工夫してこの夏を元気に乗り切ろうではありませんか。 感謝 !

(写真) 上段:各山鉾の数々、中段:菊水鉾、下段:六角堂
 

訃報連絡

 投稿者:関西支部事務局  投稿日:2018年 7月 6日(金)13時55分1秒
             訃 報 連 絡

下記のとおりお知らせいたします。

1. 会員氏名  村 上 敏 明 氏(76歳)
2. 所属支部  支部未加入
3. 死亡日  2018年7月1日
4. 喪  主  村上健司様(ご次男)
5. 葬  儀  7月2日に通夜、3日に告別式が家族葬として
   執り行われました。
6. 勤務歴
東京航空営業所、虎ノ門航空営業所、神戸航空営業所、大阪航空営業所、広島航空営業所、大阪海外旅行支店、銀座海外旅行支店、堂島支店、東京ホリデイセンター、ジョイ関西等
以 上
*(昨年まで関西支部会員でした)
 

最近したこと感じたこと その257

 投稿者:矢ノ上 治郎  投稿日:2018年 5月28日(月)09時13分2秒
  昨27日奈良県文化会館で開かれた ベートーベン第九交響曲 を聞いた。第九はなんと20年ぶり
年末以外に聞くのははじめてである。lこの催しは 奈良県むジークフエスト の一つで演奏は
奈良フィルハーモ二―管弦楽団である。会場は規模があまり大きくないので迫力満点である。
第四楽章 シラーの歓喜の歌でコンサートは最高潮に達する。

 おお友よ そんな調べではだめなのだ
 声を合わせてもっと楽しくうたおうではないか
 もっとよろこびにあふれる調べで

 よろこびあふれて、ちょうど満点の星々が
 壮大な天の夜空を悠然とめぐるように
 同胞よ おまえたちも与えられた道を歩むのだ
 よろこびに勇み、勝利の大道を歩む英雄のように。
 

茶葉が香る源氏物語の舞台と極楽浄土を往く

 投稿者:山田義次メール  投稿日:2018年 5月27日(日)20時41分47秒
編集済
   茶摘み歌で知られる八十八夜が過ぎ新茶が店頭に並ぶ5月22日(火)、関西PCでは今年2回目の「京さんぽ」を実施しました。今回訪れたのは高級茶で知られ、平安時代貴族の別荘地であり「源氏物語、宇治十帖」の舞台として、また、江戸時代には幕府の直轄地とされた宇治です。
集合はJR宇治駅、参加者は当初の予定から3名減の5名です。事務局幹事より本日の行程説明を受け、いざ出発です。
その前に、貴男に質問です。今から行く平等院は何方向きに建てられているか、お答えください。幹事曰く、答えは東向き。何故ならば「平等院・鳳凰堂」はこの世に表現された極楽浄土と云われている。つまり、西方極楽浄土と言うことです。「苦しみのない理想郷に行けるように」参拝しましょうの言葉で出発です。

  京都・奈良7号線を横断して江戸時代特権階級を与えられた茶師による茶工場が多くあった長屋門が今も残る宇治橋通りを平等院参道方面へ。宇治橋西詰めから伸びる参道の両側には宇治茶の老店舗が多く建ち並び、甘い香りを感じながら15分で平等院・表門に到着です。山門を入ると左には扇芝、観音堂がありその先には咲き終わった藤棚に藤が青々と茂っていました。正面には、阿字池の奥に厳かな色彩に彩られた平成26年10月平成の大修理を終えた平等院・鳳凰堂の建物が捉えられ、水面に優美な姿を映し多くの人を楽しませている。境内には修学旅行生や団体客が池越しの鳳凰堂と阿弥陀如来坐像を撮る場所の奪い合いで大混雑でした。ポケットから出した十円玉のデザインと見比べ優雅で軽快な建物であることに納得し、寺宝を展示する博物館、鳳翔館へ。此処は平安時代から伝わる浄土教美術の頂点が集約されており、鳳凰堂内部の色彩を再現された展示もあり建築当時の極彩色も良く解りました。そして予約した鳳凰堂へ、団体が一緒でガイド付でしたがやたらと厳しい監視付きでの参拝でした。両翼の回廊に見えた建物(実は繋がっていない)の北側から入り極楽浄土の堂内へ。正面に阿弥陀如来坐像と頭上に二重天蓋(何れも国宝)、周囲は52軀の菩薩像と9通の壁扉画で極楽浄土を表現され約一千年の時を経た現在も、建築当時の色彩が残っており思わず手を合わせずにはいられない有難い気持ちに包まれました。

  慈愛の余韻を残し参道を通り宇治橋西詰めの「源氏物語」の作者、紫式部の像と宇治十帖・夢の浮橋の古蹟を訪ね宇治橋を渡り東詰めにある昼食場所「函館市場」へ予定より少し遅れて10分で到着です。此処で会員ご夫妻と合流、遅延を詫びて7名で楽しく、美味しくいただきました。

 食後記念撮影し、ご夫妻と別れ、暫し喫煙タイム。その間、禁煙者は創業から860年、24代目の老茶舗「通圓」にて人気の抹茶アイスを賞味して、店内の太閤秀吉拝領の宇治川の水汲み釣瓶及び一休禅師作の木彫り像を見学させていただきました。

  午後からは、7号線を少し上り、早蕨の道を山手へ8分で、源氏物語ミュージアムへ。高台の緑に囲まれた貴族の館風の建物で、美しい玄関前の池には藤壺蓮がひっそり植えられ落ち着いた風情のあるミュージアムでした。そして大吉山沿いの道を下りて4分。途中、総角之古墳、宇治十帖の歌碑を経て国宝・世界遺産、現存する最古の神社建築である本殿がある宇治上神社に到着です。小さな石橋を渡り大きくない山門を潜ると正面に拝殿があり、右隣に涸れることない桐原水の湧水舎がありました。拝殿の後ろの覆屋には左右非対称の本殿が三殿あり、ご祭神は莵道稚郎子(うじのわきいらっこ)、応神天皇、仁徳天皇をお祀りしている。この「莵道・うじ」が現在の宇治の基とのことです。

  隣にある宇治神社に参拝して、宇治川沿いの宇治十帖のモニュメントを廻り、宇治川畔の石門(総門)から伸びるゆるやかな坂道に両側の樹木が生い茂り見事なトンネルが人気の琴坂を上り竜宮造りの門が美しい興聖寺で手を合わせ、宇治十二景に数えられる美しい風景を見ながら、朝霧橋、喜撰橋を超え、途中観光センターで一服して平等院の東のあじろぎの道から参道を経て宇治橋通りにある「GOCHIO café」に到着し本日の全行程が終了となった。それぞれ宇治ならではのドリンクを頂き一息をつきました。

  当日は快晴の気温28度でしたが湿度19%と五月晴れの爽やかな空の基、平安時代のリゾート地といわれ、800年の歴史を持つ天下の茶所としてのブランドを持ち、10円玉のデザインでも知られる平等院、清流の宇治川沿いに点在する国宝・世界遺産の古刹名刹等の宇治を満喫し今日一日楽しい時を過ごした皆さん。どの顔も晴ばれと誇らしく満足した表情で、次回7月祇園祭の宵々での再会を約し家路に着きました。  感謝 !

(写真) 上段:平等院・鳳凰堂、中段:源氏物語記念碑、下段/宇治上神社・興聖寺
 

G/W の畑作業

 投稿者:富山 嘉一  投稿日:2018年 5月12日(土)22時58分33秒
編集済
  G/Wが終わり、やっと平常を取り戻した。
私はG/Wの間、日々畑作業に取り組んでいた。---と言うのも退職後数年して畑作業をしたいと思い、友人の畑を借り約10年ほど野菜などの作物を作っていました。(もちろん素人なので見様見真似の独学である)     しかし、一応いろいろな作物を作っていたが、年齢とともに体力が落ち、腰の痛みが出てきたので5年ほど前にこれを卒業した。

ところが最近,入部している「老人クラブ」の知人からちょうどいい広さの畑があるので、又
やってみないか。と誘われ今度は約20坪程度で、ちょうど良い広さだと思い、この4月よりすることにした。(以前は100坪程度であった)

この畑は、市が農家の遊休地を借り上げ、地元の「老人クラブ」に無償で貸し与えているもので、賃料は断トツに格安である。但しルールがあり、若干の拘束事項がある。

それで、私はG/W 前より「草刈り」を念入りに行った。そして畑は、「土作り」が最も重要であるので、土と各種肥料をブレンドし、畑の「畝作り」に励んだ。(鍬でまんべんなく耕す)これが腰が痛くなるのである。ーーーー 60歳代時と今の70代では厳しい!                                                                              そしてやっと4月末には「なす」と「ピーマン」「オクラ」を少しずつ植え付けした。
5月に入り、「レタス」や「里芋」を植え付け、また「きゅうり苗」も植え付けた。
     これからは土寄せや追肥もしなければならないが、(草刈りも)ーーー2か月後が楽しみである!

また、今後の予定としては「トマト」を植えねばならない。
  **畑作業は、まさに「雑草の草刈り」と「お天気」との戦いであろうか、と思う。

因みに、今、収穫時の「玉ねぎ」や「えんどう」「いちご」は間に合わなかったので、お隣さんの畑で頂いて
帰ることにしている。ーーー(笑々)                                                   ** とにかく、これで"筋力の衰えを少しでもカバー出来れば"と思っている。***

http:// 

 

ロングステイフェアを開催のお知らせ

 投稿者:関西支部事務局メール  投稿日:2018年 5月12日(土)10時24分27秒
編集済
  関西支部会員各位
突然ではございますが、KNT首都圏営業本部を定年退職され現在ロングステイ財団に出向されいる杉浦さんからロングステイフェア(5月26日(土)実施)参加者募集の依頼がありましたのでご報告まで、なお参加者ご希望の方は
ホームページアドレス https://dokodekurasu.jp/osaka2018/ を検索の上お申し込みください。
 

最近したこと感じたこと その256

 投稿者:矢ノ上治郎  投稿日:2018年 5月 3日(木)13時41分50秒
編集済
   今から120年前(明治31年)の4月19日に 加茂~大仏間で開業されました。それを
記念して4・18にお祝いの集いが開かれ参加しました。わずか9年で廃業、幻の大仏鉄道と
いわれています。
 私は今から14年前に 大仏鉄道研究会 に入り若草公民館での例会に殆ど毎月出席
しました。3年後に アウトドアー部 が発足、半年ごとに行事を開催しました。
最低運賃で乗り放題の近郊区間の旅を琵琶湖一周と和歌山方面をそれぞれ2回やった後
福知山旧線のハイキングを開催しました。在任中、それまでのツーリスト時代と全く違つた
世界の方とお友達になり大変勉強になりました。

 5・1の朝日新聞の夕刊に 廃線跡ツアー へ の見出で大きく取り上げられました。
 ご希望の方にはその記事を差し上げますのでご一報ください。
 

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